Billboard JAPAN


NEWS

2026/08/10 18:00

<ライブレポート>テクノポップ・有機・シンセサイザーちゃん 音楽から生まれた次世代アイコンの引力

 テクノポップ・有機・シンセサイザーちゃんが初のクラブイベント【テクノポップ・有機・シンセサイザー Curated by CDs & nyalra】を開いたのが、今年の3月6日。それからまだ約3か月半しか経っていないというのに、もう次が来てしまった。

 6月21日、【テクノポップ・有機・シンセサイザー vol.2】。会場は東京・代官山UNIT / SALOON。アクトは17人、14時開演で約7時間45分。前回よりスケールアップしたタイムテーブルを前に、シンセちゃんの“地球侵略”は順調に版図を広げていると感じる。

 その名を知らないリスナーは、まだ少なくない。活動を始めたのは2025年10月なのだから。担い手は、全世界で200万本超のヒットを記録したインディーズゲーム『NEEDY GIRL OVERDOSE』の作者・にゃるらと、現在23歳のトラックメイカー/ボカロP・原口沙輔。1970年代後半にドイツのクラフトワーク、日本ではYMOが切り拓いたテクノポップの系譜を、彼らはいま改めて手繰り寄せた。

 B2階のUNITへ足を踏み入れると、空気を震わせる音圧が皮膚に届いた。音を浴び、音で繋がる。音さえあれば出会いは生まれる。そんなことを思わせるほどに、ここの磁場は身軽だ。

 招聘されたアクトは、シンセちゃんの楽曲制作に関わるクリエイターたちがメイン。各々が自分なりのテクノを表現する、という暗黙の了解がこのイベントの根幹となっている。原曲に音を足したり引いたりしながら、その場ならではの展開を生み出していくのもDJの醍醐味だが、この日はそこにとどまらず、エキセントリックな着想が次々とフロアに生まれていたのが印象的だった。とりわけ、エレクトロニカを軸に活動するボカロP・sakuによるSALOONでのパフォーマンスは、その象徴といえよう。トランペットとピアニカの鍵盤を組み合わせた電子楽器を携え、吹奏と鍵盤演奏を往復しながらリアルタイムでエフェクトを重ねていく。そうして生まれた音のレイヤーは、どこまでも浸っていたくなる心地よい音場を編み上げていた。

 sakuのライブセットでは、ハウスビートと、生楽器の演奏が不思議なまでに溶け合い、ビートやフレーズをシームレスに反復する単なるループ構造が誘うトランスとは、また違う恍惚があった。音楽がもたらす心地よさにはいくつもの位相があり、その幅の広さごと提示してしまえば、それもまたテクノなのだと腑に落ちる。同じ会場には、トロンボーンを吹き鳴らしてカバーする強者・零進法の姿もあったというから侮れない。

 国内のサブカルチャー・シーンとも接続する韓国出身のAiobahnがUNITで迎えたステージは、予想通り大半のゲストを引き寄せ、入口の扉付近まで寿司詰め状態。だから、というわけでもないが、筆者はあえてSALOONに出演予定のKANTA ANDOへと足を向けることにした。彼が鳴らすのは、洗練されたテクノだ。Nory Kimijimaの「Focus」やbrainwave research centerの「Orange Drop」等で瞑想的なシンセの響きが充満。そこに佇む人、ふらりと去る人、新たに流れ込む人──そういうゲストの往来までもが、彼のプレイにそっと掬い取られていく。空間そのものが音像に記録される感触だった。

 青い照明に沈むフロアを眺めていると、ふと深海を思い出した。そういえば、ここはB3階。深く潜るには、これ以上ない場所だ。国籍も時代も判然としない、無国籍のマグネティズムをまとわせていたのも、KANTA ANDOのDJにほかならない。

 シンセちゃんの骨格を形作る原口沙輔のプレイを抜きに、この夜は語れないだろう。UNITステージに立つと片手を気さくに上げた原口。2歳で独学のダンスに踏み出したという彼の一挙手一投足は、なるほどと頷かされるほどに鋭かった。5歳で独学のDTMを始め、10歳にしてニューヨークのアポロ・シアターで開かれるイベント【アポロシアターアマチュアナイトトップドッグ】に参加し、日本人最年少で優勝。15歳でSASUKE名義としてメジャーデビューを果たしてから、2023年に原口沙輔としてボカロPデビューした、規格外の経歴の持ち主だ。

 「Are You Ready(Club Mix)」にDJ Hyperactiveの「Reptilian Tank」がぶつかるマッシュアップから、立ち上がるアドレナリン。目を奪われたのは、何といってもその手数の多さ。これはもう、楽曲を流すというより、音をその場で解体しては再構築する、その連続そのものだった。高速スクラッチ音を弾け飛ばしたDJ Dan Needle Damageの「That Zipper Track」から、原曲をさらに加速させたIgnition Technicianの「Last Stop」。そこに一瞬だけ音を断ち切るギミックが差し込まれると、フロアが爆ぜる。約1時間、数多の楽曲を浴びせ続けても、一向に底が見えてこないプレイフルさが光ったセットだった。

 そして、同じ会場で「Sound・有機・Traxx -Intro-」が鳴り出すや否や、本イベントの主宰者・シンセちゃんの降臨だ。目元を覆う黒のレースアイマスクと、両サイドに垂らしたブロンドの長い三つ編み。非常にフューチャリスティックなビジュアルが目に留まる。シンセちゃんの息成分を多く含む歌声が泳いだ「エレクトリック・ミラージュ・感情」から、アンビエントに沈む「snow child」へのDJミックスも流麗。〈月月火水木金金〉という歌詞が「土日除(extended)」でループされるたび、恍惚と似た体験が広がっていく。ここまでゲストを深く踊らせてしまう力は、反復するビートだけではない。「U+30FB(extended)」でも鮮明になった彼女のウィスパーボイスがあってこそ成立するものだ。そこに息づくのは確かにテクノポップのエッセンスだった。

 朗々とした語り口から始まる「Explorer -Intro-」では、物語の景色を延々と広げていく歌声に加えて、シンセちゃんの非言語コミュニケーションともいえるたおやかな身体表現が冴え渡っていた。歌は身体を得て、身体は歌に導かれる。イヤホンを通してでは得られなかった立体的な音楽体験が目の前に広がっていく。彼女を通して触れる表現には、脳内会議しなくていい、余計な荷物は置いてきていいと思わせる不思議な力があった。清らかな水のなかを漂うような、あるいは身体ごと宙に浮く軽やかさとでも言えばいいのか。そう表現するのが、いちばん近いのかもしれない。朗読と歌を行き来する「Explorer(extended)」に浸りながら、この先まだ見ぬ領域の表現へも踏み出していくシンセちゃんの姿を見てみたいと、そんな好奇心が芽生えていた。

 シンセちゃんによるチャーミングなコレオが、フロアを釘付けにした「me・愛・ラ・sun・虫(ableton live extended)」では、その佇まいとは裏腹に、重低音の効いたダンスビートが脈打つ。そのコントラストが甘さの皮を被った刃として機能していたものだから、瞬間的に心ごと連れ去られた。ビルドアップからドロップへと解き放たれたときの高揚は、この夜のピークだったと思える。神秘的な佇まいを崩さないまま、フロアの中心を完全に掌握してしまうシンセちゃん。ここでようやく地球へ舞い降りた彼女の本気度の高さを思い知らされた気がした。

 気付くと、この一夜のすべてがシンセちゃんの一点へと収斂していった。生楽器のテクノも、深海に似たビートも、止まらないエネルギーも。この日集まった多様なテクノを、彼女はひとつへと束ねていた。これが、音楽から生まれた次世代アイコンの引力。“地球侵略”はまだ始まったばかりだ。その続きが気になるそんな夜だった。

Text by 小町碧音

◎テクノポップ・有機・シンセサイザーちゃん セットリスト
【テクノポップ・有機・シンセサイザー vol.2】
2026年6月21日(日)東京・代官山UNIT / SALOON
1. Sound・有機・Traxx -Intro-
2. エレクトリック・ミラージュ・感情
3. snow child
4. 土日除(extended)
5. 再放送、再ロウド。(extended)
6. U+30FB(extended)
7. モノも、ステさって。
8. Explorer -Intro-
9. Explorer(extended)
10. me・愛・ラ・sun・虫(ableton live extended)

ACCESS RANKING

アクセスランキング

  1. 1

    『米津玄師 かいじゅうずかん カードウエハース』発売日&商品写真が解禁

  2. 2

    Snow Man、5大ドームツアー【Snow Man Dome Tour 2025-2026 ON】の映像作品が2026年7月音楽ビデオ・セールス首位【SoundScan Japan調べ】

  3. 3

    スピッツ、ドラマ『Tシャツが乾くまで』主題歌「見知らぬ糸」配信&SPコラボムービー公開

  4. 4

    【ビルボード】東野圭吾『白夜行』が“Heisei Books”1位に輝く トップ10に東野圭吾の作品が軒並み登場

  5. 5

    Billboard JAPAN書籍チャートを紀伊國屋書店新宿本店で展開中 平岡海月(日向坂46)/大園玲(櫻坂46)/吉澤要人(原因は自分にある。)のコメント入りオリジナルしおり配布も決定<訂正>

HOT IMAGES

注目の画像